ジャズ ライブを聴きに行く

わたしは、大学の軽音楽部にはいってからビッグバンドのバストロンボーンを吹いています。たまにジャズのライブも聴きに出かけます。
ジャズライブのイメージもここ10年20年でずいぶん変わりました。ライブハウスと言えば、たばこの煙にアルコールというイメージでしたが、現在では、当然、禁煙、そしてこの数年のコロナ禍でのマスク、飲食時以外は、お客さんはマスクをしています。

たまに出かけるライブハウス、やはり生はいいですね。
今回は、多田誠司氏のサックスとフルート、ベース、ピアノのトリオです。ドラムがいなくてもしっかりとしたテンポキープ、迫力、グルーブ感が十分あります。またライブには、ハプニングがつきものです。ピアノの迫力あるプレイにピアノの弦が切れてしまいました。
ピアノの弦が切れるのってドラマか映画でしか見た事なかったのですが、本当に切れるんですね。

セットリストは、各メンバーのオリジナル、スタンダードの半々という感じでした。
多田さんオリジナルの”残照”、わたしは、この曲が好きです。フルートの寂しげなメロディに惹かれます。
当然ですが、プロの音色、パワーは、やはり違います。いつ聴いても感心します。プロ、アマを問わず腕のたつプレイヤーは、次元が違います。

多田さんとは、子どもの頃からの知りあいです。小学5年、6年の途中までの約1年と半年くらいの間でしょうか。彼が転校するまでは、同じクラスでした。家も近所でしたし、よくいっしょに遊んだものです。彼は、とても才能あふれる少年でした。当時11歳、12歳なのにフォークギター抱えて教室で歌っていました。
今では、たくさんの情報があり珍しい光景ではないのかもしれませんが、昭和40年代半ばで小学生がギターを弾いて歌うのは、とても珍しかったと思います。
勉強もとてもよくでき優等生でした。わたしとは頭のできは、大違いなのによく一緒に遊んでくれたと思います。
そんな彼も12歳の夏の頃、転校してしまいました。それから3年後の夏、吹奏楽コンクールの地方大会で彼に声をかけられました。3年ぶりの出会い懐かしかったですね。
彼は、吹奏楽部でフルートを演奏していました。中学生のころからフルーティストですからフルートの腕前も超一流です。
サックスは大学に入ってから始めたようです。また大学入ってから始めたサックスでも日本で指折りのプレイヤーになるのですから”凄い”の一言につきます。

彼がプロになって数年のころでしょうか「角田健一ビッグバンド」のCDに参加しておりクレジットにサックス多田誠司と書いてあるのを見ましたが、まさか知人がジャズメンになっているとは思いもよらず、その時はスルーしていました。
それから更に10年近く経ったころ彼のCDを偶然みつけ彼が、プロになっていることをはっきりと知りライブに出かけて声を掛けました。最後に会ったのが15歳の時ですから約25年くらいぶりでしょうか。その時に初めて聴く生の彼のサックスの演奏は、驚きでした。流石、プロ!

音楽の才能は、運動神経のようなものだと思います。そういった才能に加え鍛錬を重ね、理論をしっかっりともたれているのですから日本で代表されるジャズメンになって当然でしょうね。

それから、数年たったころ私の参加するビッグバンドと共演もしていただきました。
何十年も経って、住んでいる場所も子供の時とは全く違うのに、このような機会に恵まれるとは不思議な縁を感じました。

これからも日本を代表するサックスプレイヤーとしてジャズメンとして益々、頑張っていただきたいものです。

 

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